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奇跡のぶどう

昨日、潜在意識解読のジュネ・シーンさん主催のお話会・WSに行ってきました。

長野県諏訪市(すわし)で開催されました。

潜在意識については、また別の機会にお話ししたいと思っています。

実は、その場で出会った人について、今日はどうしても書きたくなりました。

集まったのは二十数人だったと思います。

私は現地になかなか到達できず、すっきりとした空気の中で思い切り散歩を楽しむことになりました。

時間的にはかなり余裕をもっていたため、あせることなく済んだのですが、おかげで普段の運動不足を解消させてもらいました。

田舎道(いなかみち)は、私道のようでも公道でかなり広く、一軒一軒の家が田んぼや畑を隔てて建っているほどに空間に余裕があって、その景色を見ている限り、退屈な思いはまったくしませんでした。

とんぼが飛んで来て、挨拶してくれました!

ようやく見つけた到着地に着いたのは、始まる5分前。時計を見て、本来の私なら大慌てです。

が、田舎時間に影響されてか、なぜかのんびりしていました。

東京にいる自分とここに居る自分は同じはずなのに不思議だな、これが未来に起こる時間のシフトの感覚になるのかな?などと思い巡らしながら、諏訪の空気を感じていました。

そこでお会いした方が、今日の主役です。

「こんにちは」とお隣の女性に挨拶をして、一番前の空いている席につきました。

その方と少し話すと、県内でご夫婦でぶどう園を営んでいる、とのことで名刺を下さいました。

また少し話すと、その方のご出身は新潟県、ご主人は何と沖縄県石垣島ご出身だとわかりました。

「ん?ここは長野県だよなー?ん?なんでー?」

私は頭の上を?マークが飛び交うのを感じました。

どーして、新潟の方と沖縄の方が、ここ長野で(実は長野県は私の出身地です)、しかも、ぶどう園?

この二重のクエスチョンにすっかりはまってしまった私は、聞きまくりました。

「本当は別の生産業を営みたかったけれど、様々な事情でぶどうになった」

「長野の気候がすっかり気に入ってしまった」

「ここは、ジメジメしていなくて、気持ちいいですよね。カラッとしてるから」

などなど。

本当はもっと掘り下げて伺いたかったのですが、時間となったのでWSに入ったのでした。

2時間が経ち、解散となりました。

聞けば、奥様はご主人が車で送り迎えしてくださる、とのこと。

「時間があったらお茶しましょう」と話していましたが、ちょうどご主人がいらしていて、お待ちかねとのことでしたので、「また、メールしましょう」と言ってお別れしました。

諏訪市の中で諏訪大社のすぐそばで行われたWSだった為、念願の諏訪大社にはすでにお参りを済ませていた私は、雨降りの中、傘をさしながら「来る時にお世話になったタクシーを呼んで、また駅まで行ってもらおう」と思っていました。

ここでひとこと。

諏訪大社とは、日本の神社の中で最も古いと言われている内の一つで、神々をとても感じる場所です。

いつも実家に帰る通り道となっていた場所だったため、「いつか詣でたい」と思っていました。

別の心で「尊敬するジュネさんの旅企画の一つに長野県があればいいな」と、特に諏訪に思いいれがあった訳ではなく、漠然と願っていました。

そして、その二つがドッキングしたのです。

これは、実は最近のシンクロの一つでした。

ジュネさんの場合は、ある日突然そうした企画がHPで知らされ、あっという間にいつも満員になってしまうので、気を抜けない?感じで、常にHPチェックしていました。

が、そこは私も人間です(当然ですね)

一日二日、HPを見ない日がありました。

そんなある日ある瞬間に、どうしてもパソコンを開けたくなって、「毎日あけてるパソコンを、なぜ、今こんなに見たいの?」と不思議でしたが、ジュネさんHPをチェックしていなかった事を不意に思い出して、チェック。

驚きました。

「諏訪の旅」として、載っていたからです。

「間違いなく天からのプレゼントだ」と悟った私は、即申し込みました。

そして実ったジュネさんとの出会いと諏訪大社への参詣。

余談ですが、当日ジュネさんもおっしゃっていました。

「今は、ものごとの実現化が猛スピードで進んでいる。一昔前なら、数年、数ヶ月かかっていたことが、現在は数日で実現、あるいは兆候なら当日にもたらされることも非常に多い」と。

私は「その通りです、ジュネさんlovely」と思って伺っていました。

すべてのスピードが速いです。

この流れを恐れずに受け入れ、流れに乗る、というペースを掴むと、信じられない速度で人生が開花していくはずです。

今の地球上は、ミラクルがひんぱんな時間、空間に入っています。

地球自らが、どんどん波動を上げて、人間より早いスピードでランク・アップしたがっているからです。

地球の成長に、人間が追いついていかないと、将来的に苦しい現実が待っていそうです。

けれど、すべては当人の選択です。

苦しみというのは、あくまでも他人から見た問題で、当人は「したくてやっている」現実ですから。

そして、怖がらないで楽しんで人生の波乗りをする人間には、行く先々にシンクロやミラクルが、数え切れない程待ち受けている、という繰り返しのスパイラルに入っていくのですgood

どのスパイラルを自分は選択したいのか?

今はよく考えるべき時だと、私個人的には思っています。

その選択が早ければ早いほど、恵みも大きいように思えます。

さて、そんなシンクロに導かれての旅も、いよいよ終りに近づいていました。

その雨の中。一歩二歩、進んだ私の背中から、声がかかりました。

「あのー、あのー、これから帰るんですか?」

振り返りつつ傘を上げると、先ほどお別れした奥様です。

私のことを何と呼んでよいのか迷いながらの「あのー、あのー」だったんです。

「どうやって帰るんですか?」

「タクシー呼んで行こうかと思ってます」

「じゃあ。じゃあ、車でお送りします。そんな、タクシーだなんて、大変です。どうぞどうぞ」

とおっしゃって、私をご主人の待つ自家用車へ案内されます。

ここでも、また、私は背中から声をかけていただけたのです!

以前、私のブログの「背中から声をかけられますか?」のタイトルで、書かせていただきました。

背中から声をかける、という愛情表現を示されて、私は心の中で手を合わせて感謝していました。

いくらでも無視できたはずです。

「ああ、あの人はあの人。自分は自分」そう思い切れば、お互いの道、という感じで、そのままお別れしていたはずです。

それでも、私はぜんぜん気にしませんでしたし、「いい出会いがあって良かったな」と、その方とお別れした後も、帰る足取りは軽かったのです。

でも、お二人はそれを選択しなかったんです。

傘と雨という壁を乗り越えて、そして私の背中という壁を乗り越えてまで、私に接触してきて下さった。

しかも「駅までお送りしますから、どうぞ車に乗って下さい」という、お誘いをして下さるために。

咄嗟に言葉を失った私は「ありがとうございます」しか言えませんでした。

ご主人にお礼を申し上げると、優しい笑顔で「どうぞどうぞ」とおっしゃって下さいました。

奥様は、本来ご自身がお座りになる筈の助手席を私の為に空けて下さり、ご自身は後ろのシートにおかけになりました。

思いがけず長野県を車で走れる、という感激も味わいつつ、私はお二人の優しさに包まれて、幸福感に浸っていました。

そして、どうしてもまた、お二人の出会いから現在までを聞きたくて聞きたくて、イロイロ質問しました。

お二人は今から数年前に、長野県でお仕事を一緒にされたのがご縁で仲良くなられ、「長野県に住もう」と決めて、ご結婚をされ、ぶどう園を営み始めたとのことでした。

しつこいようですが、片や沖縄、片や新潟。で、たまたま長野で出会った。

と、まあここまでは、どこにでもある、かもしれないお話です。

でも、でも、ですね。

そのお二人が「なぜ、長野を定住の地とされたのか。なぜ、ぶどう作りをしようと決めたのか?」

親類、友人、知人など、だーれもいないのに、です。

文字通り、ゼロからの出発です。

コネクションなし、家なし、アレなし、コレなし、の状態からです。

昔気質の人ならこういうでしょう。

「箸一本からのスタート」と。

私は、自分が長野を出ている立場です。

捨てたとは思っていませんが、長野に貢献することは何も出来ていない立場です。

なのに、長野と数年前までは全く縁もゆかりもない人達が、今はこうして安住の地と定め、しかもモノづくりをされて、長野県の発展に寄与していらっしゃる。

なんの保障もなかったはずです。

大きな冒険だったはずです。

周囲はイロイロおっしゃったのではないか、と思います。

でも、お二人は決めたのです。

ここで生きていこう、と。ここでぶどうを作っていこう、と。

私にとって、お二人のストーリーは奇跡としか感じられませんでした。

長野で出会ったとは言っても、実際に会ったのは奥様がお仕事を辞める直前だった、と伺うと尚更、「きせき」の三文字が浮かんだ訳です。

私がどんなに「スゴイ、スゴイ」を連発しても、お二人は「そう?私達はぜんぜん不思議に思ったこともないし、ただ、あたりまえだと思っているんだけど」と、逆に不思議そうにおっしゃるのでした。

「何が不思議なのかしらん?」そんな感じでした。

それくらい、お二人にとってことのなりゆきは、自然だったのでしょう。

シンクロだ、ミラクルだ、なんて言葉、お二人には全く似合わない位、人生の流れは自然に運んだのでしょう。

青い空、蒼い海、沖縄という風土が育てたご主人は、優しくてナチュラルなお人柄でした。

多くの人の憧れの地、沖縄を出る時も、ご主人には全く違和感はなかったそうです。

マリンスポーツに特に親しんでいた訳でもなく、紺碧の海がないと、どうもしっくりこないんだ、という感覚でもない、とのことでした。

もちろん、故郷を愛するお心はお持ちですが、その「こだわり」というものを不思議とサラリとかわすことができる。

一方の奥様のご出身の新潟は、日本海独特のどんよりとした気候風土の地です。

雪が多く、昔は特に周囲が埋まっていた、とのことです。

お二人の共通点の一つは、海沿いの地で生まれ育ったということでしょうか。

もちろん私はたった二、三十分の会話しかしていませんから、断定などしてはあまりにも失礼です。

ですから、あくまで私がその時間の中で感じた気持ちを正直に表すだけなんです。

お二人の物語を伺いながら、私はまたまた「人生の流れ」を考えていました。

沖縄の男性が、仕事を求めて偶然長野県に行き、偶然ある職場で働き始めた。

新潟の女性が、仕事を求めて偶然長野県に行き、偶然ある職場で働き始めた。

新潟の女性が職場を去ろうとしていたある日、同じ職場にいた二人が偶然出会い、話し、気持ちが通い合った。

お互いの出身地を知っても、なお、二人はそれぞれのふるさとへ戻ろうという選択肢を取らず、出会った地、長野にとどまろう、ここで愛する人と共に生きていこう、という選択肢を取ることによって、偶然長野に住むことになった。

そしてさらに、二人で協力しあって出来る仕事をしよう、と一生懸命にあちこちと探し、最終的に偶然ぶどう作りに出会った。

この「偶然」を「導かれて」に置き換えることが出来る、と私は思いました。

遠い沖縄から、まったく気候風土の違う土地にやってきた。

まず、これだけでも私にとって「勇気ある行動」と、驚きにあたります。

でも、男性ですから、若さゆえ、冒険心も行動力を推し進めるエネルギーだったかもしれません。

新潟から隣県の長野にやって来た奥様にしても、いくら新潟に良い職場がないからといって、みんながみんな同じ行動は取れないはずです。

そこに宿る未知への好奇心、高いモノを求める意識、人生への期待。

すべてがないと「当たり前のように、隣県で働く」という選択は出来ないと思います。

でも、このお二人。とても穏やかなお顔立ちなんです。

「お二人なら、ケンカしないでしょう?」と聞いてしまった位。

でも答えは「とんでもない。いつも農園で一緒ですから、しますよ」でした。

ああ、そうか。ケンカできる仲の良さ、なんだな。と、これも納得でした。

そんな仏様のような優しい表情のお二人にとって、今日に至る過程は、あまりにも自然だったのでしょう。

波乱万丈。というドラマティックな展開などではなく、スイスイと流れ流れて、気付いたら今になっていた、という感じで。

昔なら、北海道などに開拓地へ乗り込んでいく人々として取り上げられました。

それは故郷を捨て、決死の覚悟で身を立てるためでした。

命がけで北海道に渡り、草ぼうぼうの土地を開墾し、自分の土地として暮らしていける、という期待に胸ふくらませて行われていたことです。

けれど現代版のお二人は、いともあっさりと自然にことをなし、他の選択肢なんて逆に考えられなかった、と言わぬばかりの感じでした。

波に乗る時とは、そんな感じなのかもしれません。

チャンスはなにくわぬ顔でやってくる。

天使に教えられた言葉です。

シンクロも奇跡も、同じなんですね。

何気ない日常の中で、普通の顔してやってきた人。

実はそれがイエス・キリストだった、という感じでしょうか。

私は無宗教ですが、真意はどの宗教も同じようです。

叡智が指し示すことは、一緒なんですね。

一度乗ったら降りない限り、ずっと続く幸運の波。

螺旋階段のようにうねり続けながらも、頂上めざしてどこまでも高く高く上り続ける幸運のステップ。

私にはお二人がその幸運の螺旋階段を、どんどん昇っていくようにしか思えませんでした。

しかもご自身たちは、足踏みばかりでなかなか進んでいかないなー、と例え感じたとしても、その階段が自動上昇式螺旋階段(エスカレーター式)の為、結果としてはみるみる上昇している、という感じです。

幸運の波から降りない条件ってなんでしょう?

不安にならない、勇気をもって歩きつづける、いわゆる「やる気、元気、勇気」でしょうか。

もちろん努力は欠かせないでしょう。

でも、世の多くの人達も努力しているんです。

努力していても、幸運の波に乗れないのです(あくまでも自称です)

そうです。

これからは、努力の質が問われる時代なんです。

嫌な事に汗水たらして割く時間を、天は喜びません。

喜ばないということは、奇跡もシンクロもそういう人には寄り付かないということです。

どんなしんどい時間の中にも喜びを見出し、使命感をもって事にあたろうと努める人には、天が微笑みます。

奇跡もシンクロも、どんどんプレゼントされます。

だから最終的には、大好きな事をして生活する方向にシフトチェンジできるはずです。

そして最終的には、お二人のように「当たり前のことをやっただけなんだけどなー」と、ニッコリ笑える境地に立てるのです。

もっと短い言葉になるかもしれません。

奇跡、シンクロなんてだれかが言おうものなら、「だから、なーに?それがどうしたの?」

煎じ詰めると「ヘッ?」っていう感じ。

恐らく今、多くの人がこの「ヘッ?」を味わっていると思います。

あまりにも「偶然に導かれる出来事」が多すぎて、当たり前になり、それに従うのが毎日の自然なことだから、あえて意識する意味もない。

自分の勘に従う、いい話を聞いてヨシと思ったら迷わず行動する。

「そんなの当たり前でしょう?」の世界の住人達です。

お二人は、巨峰作りに励んでいらっしゃいます。

しかも、「種なし」が昨今の主流の中、あえて「種あり」に挑んでいらっしゃいます。

それは、「味が全然違うから」だそうです。

また、除草剤を使わず、食した人のことを考えて、その分ご自身の体力を使うことを選んでいらっしゃいます。

私には、お二人は長野県の情報発信源になられる方に思えて仕方ありませんでした。

長年東京に暮らす、長野県出身の私にとって、お二人の存在は本当に神様のように思えます。

地域振興に役立ち、人口流出の逆の流れの創始者?

お二人の選択した道のりは、まだまだ先が長いと思います。

でも、奇跡のお二人の、奇跡のぶどうには、お二人の愛と勇気が一杯詰まっています。

奇跡のぶどう園から生み出される奇跡のぶどう達は、きっとこれからも奇跡の種を沢山まいて、多くの人々を奇跡の人生に導く気がしてなりません。

お二人に心からの愛と感謝をこめて。

お二人のぶどう園はこちらです。野の香ぶどう園

<今日の一節>

自分の心を信じるというのは、ある種の挑戦です。

~ドリーン・バーチュ著「エンジェル・メッセージ」より~

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